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2011.12.8 Up
【12月5日 冬柴鉄三 常任顧問が死去 】
公明党の冬柴鉄三常任顧問が5日午後8時3分、急性肺炎のため、兵庫県尼崎市の病院で死去した。75歳。通夜、告別式ともに親族のみで行う。喪主は妻の美代子さん。
冬柴氏は1986年に衆院旧兵庫2区で初当選。以来、7回連続当選した。98年1月に新党平和幹事長に就任後、同年11月に公明党幹事長に就き、4期8年間務めた。
93年に発足した細川連立内閣では自治政務次官に就任。06年から安倍、福田両内閣で国土交通相を歴任した。
09年衆院選の兵庫8区で惜敗後も党常任顧問として、一貫して党の発展に貢献した。
最後まで庶民のため貫く 山口代表
公明党の山口那津男代表は6日、国会内での記者会見で、冬柴鉄三常任顧問の死去について、大要次のように述べた。
一、次期衆院選の比例区での擁立を検討する方針を立て、今後の活躍を期待していた矢先の事態であり、極めて残念だ。尊敬すべき偉大な政治家であった。心からご冥福をお祈り申し上げたい。
一、党の要職、閣僚を経験され、連立政権をつくり維持されるなど国政で大きな活躍をされた。東日本大震災でも、一弁護士としてボランティアで法律相談され、菅政権が特に原発事故の被災者への対応があまりにも遅く、鈍く、心がないとの現場の報告をいただき、党首討論で取り上げ指摘した。その後、公明党として議員立法で、やるべき施策を推進するという大きな方針を進めるきっかけになった。
一、最後の最後まで、苦しむ人、悩む人に接し、その解決に尽力され、政治家はかくあるべしという基本姿勢をわれわれに教え、残してもらった。今、感謝の思いでいっぱいだ。
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